ジスレーヌ・アラビアンという女料理人がいる。独学で料理を学び、リールの店を2つ星。さらにパリのルドワイヤンをも2つ星にした凄腕なのだか、気性も強い。そのため、ルドワイヤンで問題を起こして辞職し、その後の02年、16区に自分の店を持ったが、この店も突然に閉めている。その彼女がパリ15区に久々に自分の店を持ったので、食べにいった。こだわりの強い彼女は、素材選びにも、自分の視点を譲ることはない。彼女が取り引きをする業者は選りすぐりだが、その中にパティスリーを卸しているというカール・マルレッティの名前があった。以前オペラ座広場そばにあるホテル“ル・グラン・ドテル”のシェフ・パティシエをしていた人である。ル・グラン・ドテルの1角には“カフェ・ド・ラペ”があるといえばピンとくる人もいるだろう。“カフェ・ド・ラペ”のデザートも当時手掛けており、彼がクリエイトしたMILLE-FEUILLE(ミルフィーユ=千の薄片)ならぬCINQ-CENT FEUILLE(500の薄片)は、ラペのスペシャリテとなったくらいだ。一般的な大きさのミルフィーユを半分で供するから、CINQ-CENT FEUILLEという名を付け、ミニミルフィーユをさまざまな味わいで味わってもらおうというものだった。コーヒー味、ローズとフランボワーズ風味、チョコレート味などのヴァリエーションがあり、このクリームがとくに美味しかった。そのマルレッティが独立して昨年の12月に自分の店をオープンしたから、彼からミルフィーユなどを仕入れているのだとアラビアン。それで早速店に行ってみた。
シンプルだが、センスのいい明るいグレーの外観がモダンで人目を引く。通りに面した明るいショーケースには、エクレア、ルリジューズ、オペラなどクラシックなお菓子がずらりと並んでいた。一目でそのクオリティーの高さと味わいの良さが伝わってくるような繊細さ。もちろんミルフィーユもあった。キャラメリゼされた表面といい、クリームも十分に仕込まれた高さといい、グルマン心をそそる見た目である。
祖父がパン菓子職人だったというマルレッティ。ルノートルや、トレトゥールで有名なポテル・エ・シャボでキャリアを積んで、1992年からル・グラン・ドテルにまる15年勤続した。2001年には当ホテルのシェフ・パティシエにも就任し、着実にこの道を歩んできた優秀な人だ。現在の店で取り寄せる素材は選りすぐりのものばかり。長いキャリアの中で信頼を得てきた業者との付き合いがものをいうのだろう。乳製品は、高品質で知られるノルマンディ地方ルーアンの“ロー・デ・プレ”、ノワゼットやピスタチオなどはイタリアの“アグリモンタナ”、チョコレートは“ヴァローナ”といった具合に......。「ミルフィーユのクリームは、カフェ・ド・ラペ時代から評判を得ていました。一度その作り方を変えたことがありましたが、前のものにして欲しいという要望をお客さまからいただいて。この店でも、当時と同じものを出しています」とマルレッティ。クリームの秘密は、“ロ・ド・プレ”の良質な牛乳とクリーム。そして、それをエマルジョンを作るようにしっかりと泡立て、滑らかに仕上げることだそう。クラシックでシンプルなお菓子だからこそ、素材やちょっとしたテクニックが味わいの決め手となる。そして、作り置きは絶対にしないのだ。1日に朝と夕方作り、店頭には常に新鮮なものを置くようにしている。これは、レストランのデザート部門で身につけた意識だ。
この店のもう一つの良さは、やはりラ・グラン・ドテルに13年間勤続し、カフェ・ド・ラペの責任者をしていたジャン=ミッシェル・コパンが、売り場の責任者を務めているということだ。単なる販売員ではなく、コミュニケーションのプロを売り場に立てたという考えは、今までのパティスリーにないものだ。しかもコパンは、マルレッティにとって10年以上も付き合いのある腹心の友。シンプルでモダンなインテリアの広々としたスペースに、コパンの丁寧な応対があると、一瞬、高級ホテルのフロントにいるかのような錯覚を覚えずにはいられない。「フランスでは高級店であればあるだけスノッブになりがち。私たちの店では、お客さまが第一。要望に100%応えられる店でありたいです」。
“気軽に足を運んでいただける、宝石店のようなパティスリー”作りを目指すマルレッティ。今は店を始めたばかりなので、店頭に並ぶのはクラシックなパティスリーが中心だが、得意とするスパイスや花の香りをきかせたものも徐々に出していく予定だそうだ。海外旅行も好きで、さまざまな国で出会った素材に目を開かせられてきたが、パティスリー作りでは、香りが突出しないバランスがとれたものを、が彼の信条。地に足の着いたバランス感覚の持ち主だからこそ、その存在は飛躍的に知られるようになるだろう......と考えながら、実はコパンを責任者に置いたのも、実は将来の世界的な発展と展望を見据えた、野心からだと思い当たった。かなり近い未来、世界の舞台に飛び立つに違いない。例えば日本などに......。しかしながら、キャリアも技術も腹心もいるという三拍子が揃い、さらにジスレーヌへの配達も自らで行なうなど、地道な足固めを厭わない精神の持ち主だから、何ものにも揺るがされることはないだろう。あの青木定治もそうだった。そして、もくもくと自分の納得のいくパティスリーを作っていくに違いないのである。