クスクスを代表とする、地中海ご近所のモロッコ料理やレバノン、チュニジア料理なんていうのは普通にあった。圧倒的多数を誇る移民・中国のリストランテ・チネーゼはどんな田舎町にも必ず一軒はあった。しかしイタリアのエスニック料理といえば、ほんの数年前まではたったそれだけだった。ごくごく一部の最先端の人間たちがスシやテンプラやテッパンヤキに熱狂的になり、ミラノ、ローマといった大都市に一軒か二軒、あやしげなリストランテ・ジャポネーゼがあるぐらいで、残るイタリア人一般といえばマンマの作るパスタ・アル・ポモドーロ(トマト・スパゲッティ)やタリアテッレ・アル・ラグー(ミートソースのタリアテッレ)が世界一おいしいと信じて疑わず、一年中親戚のおばさんが仕込んだサラミや野菜のオイル漬けを食べ、クリスマスには毎年毎年飽きることなくパネットーネを食べ続けていた。近年のスローフードブーム後に至ってはますますイタリア郷土食サイコー!と保守一辺倒に走りかけていた。パリやロンドンには本格的日本料理店があったり、日本の和菓子屋さんやうどん屋さんなんかが進出し成功しているのに比べて、我がイタリアのミラノでさえ、大きく遅れを取っていたのだ。
ところが、ここのところイタリアに異変が起きている。ジャポネーゼを筆頭に、タイ、ベトナム、韓国、そして本格的中国料理のレストランなどがどんどん生まれている(中華レストランは昔から星の数ほどあったけれど、移民がなんとなく料理屋を始めたからだとか、最低ランクのコックしかイタリアにやってこないからだとか言われて、とにかくイタリアの中華料理屋はまずいのが常識だったのだ)。
たとえばミラノにはすでにおしゃれなエスニックレストランが数え切れないほどある。B&Bも兼ねている「Vietnam Mon Amour」なんか雰囲気はいいし、料理もなかなか本格的だ。地方都市のここトリノでも「TUKTUKUトゥクトゥク」という本格的タイ料理レストランや、「DAIICHIダイイチ」という不思議な名前のスシ&タイフードレストランなんかが次々と登場しているのだ。もはや一般的になったスシでひきつけておいて、新しいタイの味に馴染んでもらおうという作戦か。
一度慣れたら、もともとアフリカやトルコがご近所で、そのあたりのスパイス料理には慣れていたイタリア人たち、浸透の仕方も早い。料理の本格度もなかなか。先日も「DAIICHI」にて作ってもらったゲーン・キョワン(グリーンカレー)とソム・タム(青いパパイアの激辛サラダ)なんかは、タイで食べたのに近い、複雑なスパイス使いと深い味わいのハーモニーであった。いかんせん辛さだけは北イタリア料理にないものなので、北イタリア人にあわせてとても控えめ。オープンキッチンの奥で忙しく働くタイ人の調理担当に「賄いと同じ辛さにしてね」とウィンクを送る私。相手も、おお、同胞よ、と喜んでピッキヌーを奮発してくれるのだ。