3ツ星レストラン“アルページュ”のシェフ、アラン・パッサールから招待状が届いた。新しくクリエーションをした“Bouquet de Rose©(バラのブーケ)”の試食を兼ねたランチだという。野菜の王様が今度は花の料理も始めたのだろうかと、興味津々、そのランチ会を訪れた。
何人かのジャーナリストと同席で食卓へ着いたところ、アラン・パッサールがひょっこり顔を出した。がっしりとした体つきで、コック服ではなく洗いざらしのブルーのシャツに白いエプロン姿という自然体。ここ1年ほどお会いする機会を逸していたが、まるでひまわりのような底抜けの明るさは、以前よりも増していて、ふと彼は料理人だったのかしら、と思う。ブルターニュに菜園を持って、そこから運ばれる野菜で料理を作るという姿勢は、料理人として徹底しているが、彼からは農家の人のような、揺るぎなく心地よい土の香りを感じる。そう、彼は料理人というよりも、誰よりも素材の声を聞くことのできる生産者といった方がいいだろう。そしてその素材の素晴らしさを、料理という最後の手段を使って、私たちに開示してみせる。アスパラガスはアスパラガスらしく、キャベツはキャベツとして、甘タマネギは甘タマネギのままに、その良さを開いて私たちの前に現れてくれる。彼のキュイッソン、デクパージュ(切り方)、アセゾヌマン(調味)は、素材の個性を生かすためにあるのだ。
メニューが野菜中心となる以前は、彼は肉焼きの名人としてその名を馳せていた。ブリデ(紐で成形すること)して鍋に入れ、転がしながら時間をかけて火入れをするヴォライユは絶品だったが、彼はエギュイエットに切って出してくれた。フィレを横に切るのではなく、縦の細切りにしたものだ。繊維から肉汁がこぼれることなく、繊細な味わいが口の中で溢れ出た。“美味礼讃”で肉焼きは天性によるものといっているが、まさにパッサールに当てはまる言葉だ。料理がソースの重要性から素材に移りゆく今、まさに料理人の才能は、天性にも委ねられるかもしれない。もちろん天性も、師がいて、感性と努力があってこそ磨かれるものだが。いずれにしてもパッサールのもとから、“アストランス”のパスカル・バルボや前回紹介した“アガぺ”のベルトラン・グレボが生まれたのは興味深い。
さてランチでは、野菜のラヴィオリのコンソメや甘タマネギのグラタンなど、昔からのスペシャリテである前菜から始まり、仔牛のローストをメインに。近年はメインに肉も始めたようだ。メインの肉や魚は一塊で火を通し、客の前でデクパージュするという方法をとる。昔ながらのゲリドン風の儀式がこうした店でみられるのは嬉しい。グルマンディーズの楽しみ、食卓を囲む楽しみは、こうしたちょっとしたサーヴィスの中にもあるのだ。皿の中にだけあるのではない。
さて、最後のデザートとして現れたのは、まるでバラの花をブーケにしたような装いのリンゴのタルトだった。“バラのブーケ”の試食とはこのことだったのだ。リンゴをかつらむきのようにして、リンゴのピュレを敷きつめたパイ生地の上に乗せて焼いたもの。そのボリュームのある美しさは彫刻にも似て言いようもないが、表面はカリッとしかししっとりと仕上がったリンゴの薄切りとさっくりとしたパイ生地の食感といい、香りといい、味わいも優美なものだった。これにキャラメルソースをつけて食べる。今回使ったリンゴは身の締まった酸味の程よいピンク・レディー。各季節に出るリンゴを使って、一年中作るそうだ。肌の赤いリンゴとゴールデンなどの黄色のリンゴを合わせ、赤と白のバラのブーケのような2色のタルトを作ることもあるそうである。
実は私事で恐縮なのだが、リンゴのタルトなるものは昔から苦手のデザートの一つだ。シンプルだからこそ、本当に美味しいというものに巡りあえることはほとんどないので、へたなお店では頼みたくないのだ。ホイップクリームを添えてお茶を濁すしかない。もちろんよくできたタルトタタンは好物だが。しかし、この“バラのブーケ”は別物である。リンゴを薄切りにしてバラのように組み立て、それをブーケのように集めて、繊細な食感、酸味を優雅に浮き立たせて味わいをも再構築している。
手間暇かかるので、毎日少量しか作ることができないが、秋からは予約でテイクアウトも限定で始めるそうだ。こんなロマンチックなバラのブーケを届けられたら、どんなに素敵なソワレになることだろうと想いを馳せる。