新酒で新年を寿ぎ、雪見酒、花見酒、月見酒、紅葉酒…。
日本には古くから、春夏秋冬、自然と一体となって酒を楽しむという伝統文化がありました。それは貴族的な「風流」の世界に限らず、誰もが上下なく、平らに、平等に、丸く座をつくる、優れたコミュニケーションの文化でありました。
それが近代国家になって、時間や場所、ゆとりや機会が失われ、また酒を飲むシーンというのがビジネス世界の中に主役を奪われ、楽しむだけのものでは無くなってしまいました。
それはとても残念なことです。
『土佐日記』には、作者の紀貫之が舟で京に帰るのを見送りに来た人々と、砂浜で酒を酌み交わしている様子が書かれています。別れを惜しみ、最後のひとときを楽しく過ごし送り出す思いもあったでしょうが、当時の土佐から京への船旅とは、現代とは比べものにならないリスクを背負ってのものであったはずです。「自然の力」に身を委ねなけらばならない。「別れ」の意味合いも随分と異なるものがあったことでしょう。そこで飲む酒というのは、道中の平穏無事を、そしていつの日か叶うやも知れぬ再会を願い、天にも祈る、敬虔な気持ちの表れであったのではないかとも思います。
また今日でも、沖縄などにまいりますと、人々が夕涼みに海を眺め、酒をチビリチビリとやっている光景を目にすることが多くあるといいますね。特別なことなどない日常の暮らしの中でも、日々、自然の中で過ぎてゆく一日に、また人生に思いを馳せながらチビリチビリ・・・何と豊かなお酒でしょうか。
自然の力というものは何ものにも代え難く、また、酒を飲むということはそれに通ずる道でもあるということです。
李白の『月下濁酌』其二の、
三杯過大道(三杯 大道ニ通ジ)
一斗合自然(一斗 自然ニ合ス)
このあたりは、そのことを見事に言い得ていると思います。
そんなところで、ちょうど季節もよろしく、花見酒とまいりましょうか。
去る4月6日(日)OFFICE
「NEXTAGE」さんの企画で『第3回日本酒を楽しむ会〜酒蔵見学&観桜の宴』が開催されました。
まずは伏見の酒蔵「藤岡酒造」を見学した後、場所を乃木神社に移し、観桜の宴という企画。当日はこの春いちばんの暖かさで穏やかな陽気、絶好のお花見日和でした。
藤岡酒造さんは、このコラムの第1回「今月の一本」でも紹介をさせていただいた「蒼空」というお酒を造っていらっしゃる蔵です。今年はじめて造ってみたという、「山田穂」といって「山田錦」のおかあさんにあたる酒米で造った新酒をいただきました。40%まで精米された「山田穂」を、伝統的な手法で丁寧に手作りされた純米吟醸は、見た目にも味わいもすっきりと、とても美しいお酒に仕上げられていました。