学会の食事会を福臨門で、という門上さんのアイデアに、旬の素材を使った郷土料理を中心にしたコースはいかがですか?と提案したのは私です。
福臨門といえば、ふかひれ、干鮑、燕の巣、干なまこ、魚の浮き袋など、高級な乾貨海鮮や、新鮮な魚介を素材にした高級海鮮料理を看板としています。同時に、広東地方の伝統的な料理手法を踏襲した数多くの地方料理、郷土料理、家庭料理も得意としています。
その一部はグランドメニューや、テーブルの上にある小メニューで紹介されています。しかし、かつての出張料理店時代からの顧客、毎日のように福臨門に通い詰める顧客はじめ、長年の常連客以外にはその存在はあまり知られてきませんでした。
グランド・メニューに紹介されているのは、肉類、家禽類、一部の魚介など、通年、調達が可能な素材を中心とした料理です。一方、テーブルの上に置かれた小メニューで紹介されているのは、折々の旬の素材を使った料理です。旬の素材は多岐にわたり、野菜などの日常的な素材だけでなく、季節の折々に収穫される貴重、稀少な素材によるものもあります。
福臨門の旬の素材を使った地方料理の中でも評判が高いのは、貴重、稀少な素材によるものです。たとえば、夏場の「黄油蟹」、晩秋から冬期にかけての「山瑞」と呼ばれる内陸産のすっぽん、珠江で収穫される大ウナギの一種の「花錦鱔」などがその代表的なものです。「野味」と称されるもので、秋の実りの稲穂をついばんみながら南方に飛来する「禾花雀」や、木の実だけを食べて育つという「果子狸」なども、秋や冬のメニューに並んでいましたが、鳥ウィルスやSARS禍により、今では幻の料理となってしまいました。
野菜を素材とした料理では、春から夏にかけて登場する日本の文旦に似た「柚皮」、芥子菜の茎である「芥胆」、夏場の各種の瓜類などがあります。しかも、野菜だけを炒め、また、ダシで煮浸しにした料理などだけでなく、蟹肉などを具にしたあんかけ、肉類、家禽類、魚介類と組みあわせた料理など、数多くあります。
そうした広東地方独特の郷土料理は「家郷菜」として紹介されています。もっとも、香港で「家郷菜」と言えば、地方料理、郷土料理だけでなく、「家常菜」と称される「家庭料理」、「お惣菜」なども含めて意味することが多いようです。料理店では「小菜」として紹介されています。ともあれ、地方料理、郷土料理ということから、日本では味の濃い、素朴で田舎っぽい料理を思い浮かべられるようですが、広東地方のそれにはあてはまりません。
一般的に、広東料理は、淡く、さっぱりとした甘味のある味付け、として評されることがあります。あながち間違いとはいえません。が、それよりもむしろ、素材の持ち味を生かした調理、調味を特徴とする料理、というべきものではないかと思います。もちろん、メリハリの利いた濃厚で鮮明な味付けの料理もあります。が、それも素材の持ち味を生かす、という意図があってのものです。
香港で広東料理を看板にする店のメニューに「小菜」として並んでいる郷土料理は、広州を中心とした「羊城菜」、広東省南部の順徳/太良地方を中心とした「鳳城菜」を源流としたものです。広東系の中国人の家庭料理もそれに準じますが、いずれも素材の持ち味を生かした調理、調味による料理が大半を占めています。
特に福臨門の「小菜」は、ふかひれなどの高級な乾貨素材や新鮮な魚介を素材にした海鮮料理同様、素材を吟味し、持ち味、特質を生かすべく調理、調味されたものです。素材の持ち味、特質を生かし、引き出す「だし」が使われ、結果、洗練された気品のある味、豊かな風味を生み出しています。ちなみに、ふかひれ、干鮑、燕の巣、干なまこ、魚の浮き袋など、高級な乾貨海鮮の料理に使われるのは、ひね鶏、豚の赤身肉、金華火腿などで作られた一番だしの「上湯」、炒め煮込みなどで使われるのは二番だしの「二湯」です。
広東料理の本格的な宴会料理では、ふかひれなどの高級な乾貨海鮮、新鮮な魚介を素材とした料理で構成されます。広東地方特有の伝統的な料理は、「野味」など旬の稀少で高価な素材を使った料理以外、宴会料理に組み入れられることは滅多にありません。一方、プライベートな宴会のコース料理では「小菜」が組み入れられることがあります。
というのも、富裕階層を顧客として抱える出張料理店として始まった福臨門は、高級な乾貨海鮮を中心とした本格的な宴会料理だけでなく、顧客のプライベートな宴会料理の要求にも応えてきました。しかも、顧客からの依頼、要望により、それぞれの家庭に伝わる料理を福臨門が再現し、提供するという役割も担ってきました。それら顧客からの依頼による料理をもとに、工夫、改良が施され、紹介されるようになった料理も少なくありません。
ともあれ、顧客の要求に応え、素材を吟味し、上質のだしをふんだんに使い、料理人によって調理されたものですから、「小菜」とはいえ、一般の家庭のそれとは一線を画すものであり、洗練された気品のある味、豊かな風味を特徴としています。
今回の学会のコースを組み立てるにあたって、厄介な問題もありました。残念ながら香港で折々の季節ごとに収穫される稀少な魚介類、野菜類などの調達が日本では難しく、料理の選択肢が限られるからです。もっとも、魚介類に関しては、その持ち味、資質こそ香港のそれとは異なるものの、大阪では良質の魚介の入手が可能です。旬の野菜についても同様です。さらに、今回は新しい野菜も取り入れ、旬の季節の野菜を中心にしたコースを組み立てました。
ちなみに、今回の「白瓜(はぐら瓜)」、「青茄子」は、埼玉県東松山の農業、加藤紀行氏の栽培によるものです。福臨門の社長、徐維均氏、総料理長の呉錦洪氏が試食し、ことに青茄子は、頑丈で、煮込んでも煮崩れしない果肉の特質、「青香」と語られる瑞々しさや香りがあり、野菜本来、茄子本来の味、風味を持つと評価されたものです。
日本における中国料理は、素材が重視されることはあっても、多くは中国料理の手法、調理、調味で仕上げることが優先、重視され、そうしたことにとらわれがちなようです。結果、中国料理特有の調理、調味により重点が置かれ、素材の持ち味が損なわれている例が少なくありません。福臨門では、というよりも香港、中国本土における中国料理の多くがそうですが、まずはあくまで素材を重視し、その持ち味、特質を見極め、それらを生かすべく調理、調味が考慮、検討されます。それはごく当たり前のことであり、中国料理の基本的な姿勢と言えるものです。その点こそ、中国料理の手法、調理、味付けを重視し、それを特徴とし、第一義とされるのがほとんどである日本の一般的な中国料理とは、大いに異なるところではないかと思います。
今回の学会でのコース、料理の選択で最も留意したのも、その点でした。素材、ことに旬の野菜を選択、吟味し、その持ち味、特質を生かし、他の素材との組み合わせを考慮し、福臨門ならではの調理、調味を味わえる料理を選びました。中国料理で最も重視される「色・香・味」を念頭に、触感、味、風味の変化が楽しめるコースを組み立てました。
最後に、今回のコースのメニュー、選択や構成、また、今回の食事会の実現にあたっては、福臨門の専務であり、マネージング・ディレクターである徐淑敏さんのご協力を得たことを書き添えておきたいと思います。